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鳥海山 大物忌神社

(ちょうかいざん おおものいみ じんじゃ)

鳥海山を御神体とする、出羽国一宮の古社

鳥海山 大物忌神社は、山形県飽海郡遊佐町に鎮座する由緒ある神社です。日本百名山の一つに数えられる鳥海山を神体山とし、古くから山岳信仰の中心として崇敬されてきました。

鳥海山の山頂に御本社が鎮座するほか、山麓には吹浦口之宮と蕨岡口之宮の2つの里宮があります。これら3か所を総称して鳥海山大物忌神社と呼び、出羽国一宮、式内社・名神大社として長い歴史を刻んできました。

鳥海山は「出羽富士」や「鳥海富士」とも呼ばれ、その美しい山容とともに地域の人々から篤く信仰されてきました。古代には国家の守護神として、また中世以降は山岳信仰や農耕信仰の対象として広い地域から崇敬を集めています。

創祀と古代から続く信仰

鳥海山大物忌神社の創祀については、第12代景行天皇の時代、あるいは欽明天皇25年(564年)頃とする伝承があります。ただし、創建時期については複数の説があり、現在も確定していません。

鳥海山では古くから噴火などの自然現象が起こっており、これらは神の力の表れと考えられてきました。山の異変が起こるたびに朝廷から奉幣が行われ、鎮祭が執り行われたことが記録されています。

鳥海山の信仰は、古代には国家の守護を祈る信仰として発展し、古代末期から中世にかけては山岳修行の霊場としても重要な役割を担うようになりました。その後は、豊かな農作物をもたらす農耕の神としても信仰され、庄内地方をはじめ、秋田県由利地方や横手盆地などにも広がりました。

延喜式神名帳に記された名神大社

鳥海山大物忌神社は、貞観4年(862年)に官社に列せられました。さらに、延長5年(927年)にまとめられた『延喜式神名帳』には、名神大社として記載されています。

『延喜式』の主税式には、祭祀料として2,000束の稲が国家から支給されていたことも記されており、当時から朝廷によって特別に重視されていた神社であったことがうかがえます。

その後、鳥海山大物忌神社は出羽国一之宮として位置づけられ、歴代の天皇や武将、幕府、庄内藩主などから厚い崇敬を受けました。寄進や社殿の造営・修復もたびたび行われ、長い歴史の中で社勢を保ってきました。

鳥海山の噴火と大物忌神への信仰

鳥海山の噴火は、古くから大物忌神の神威が現れたものと考えられていました。そのため、噴火が起こるたびに朝廷から祈祷や奉幣が行われ、神階が昇叙されることもありました。

神階の昇叙

『続日本後紀』には、承和5年(838年)に大物忌神が従五位上から正五位下へ進められたことが記されています。その後も神階はたびたび昇叙され、貞観年間には官社への列格も行われました。

承和7年(840年)には従四位下へ、貞観4年(862年)には正四位下へ、さらに貞観6年(864年)には正四位上、従三位へと昇叙されました。

貞観15年(873年)には正三位となり、元慶2年(878年)には元慶の乱に関連してさらに神階が進められ、元慶4年(880年)には従二位勲三等に達しました。

さらに、元文元年(1736年)には蕨岡側からの願い出により、正一位勲三等に昇進したとされています。

神仏習合と信仰の変遷

中世になると、鳥海山では神道と仏教が融合する神仏習合が進みました。鳥海山大物忌神社も鳥海山大権現として信仰され、社僧が神社の祭祀や山岳修行に関わるようになります。

鳥海山は修験道の霊山としても発展し、多くの修行者や信徒が山へ登拝しました。山中には寺院や修行の場が設けられ、山岳信仰と仏教が結びついた独自の信仰文化が形成されました。

明治時代になると神仏分離政策が進められ、明治3年(1870年)には鳥海山大権現から再び大物忌神社へと戻されました。

吹浦と蕨岡をめぐる信仰の歴史

鳥海山の山麓には、吹浦と蕨岡という2つの主要な信仰拠点があります。現在の吹浦口之宮と蕨岡口之宮です。

鳥海山には矢島、小滝、吹浦、蕨岡の4つの主要な登山口があり、それぞれに独自の信仰や伝承が発展しました。その中でも吹浦と蕨岡では、鳥海山の修行や祭祀をめぐって長く対立することがありました。

吹浦側では、山頂の鳥海山大権現や月山大権現を山麓へ勧請し、神宮寺などを中心に祭祀を行っていました。一方、蕨岡側では山頂の神社に直接奉仕する形が重視されていました。

両者の主張はたびたび衝突し、庄内藩や江戸幕府の寺社奉行に訴えが出されることもありました。こうした歴史は、鳥海山信仰が地域社会の中でいかに大きな存在であったかを物語っています。

吹浦に伝わる創祀の伝承

吹浦の社に伝わる由緒では、景行天皇の時代に出羽国へ神が現れ、欽明天皇25年(564年)に飽海郡の山上に鎮座したとされています。

さらに、大同元年(806年)に吹浦村へ遷座したと伝えられています。この伝承は、元禄16年(1703年)に芹沢貞運が記した『大物忌小物忌縁起』にも記され、現在の社伝にも受け継がれています。

ただし、鳥海山の信仰は複数の登山口を中心に発展してきたため、創建や遷座については地域ごとに異なる伝承が残されています。

山頂御本社

鳥海山の山頂に鎮座する御本社

山頂御本社は、鳥海山の山頂付近に鎮座しています。行者岳と七高山の中間付近、外輪山から見下ろす位置にあり、鳥海山そのものを神体山とする信仰の中心です。

境内には本殿、社務所、御室参籠所などがあり、新山へ向かう登山道の入口付近に位置しています。鳥海山を登拝する人々にとって、重要な休憩地点でもあります。

山頂付近は風雨が非常に強いため、御本殿は屋根覆いによって保護されています。厳しい自然環境の中に建つ社殿は、鳥海山の信仰と自然の厳しさを同時に感じさせます。

式年造営される御本殿

現在の鳥海山大物忌神社では、山頂御本社の御本殿について、伊勢神宮と同様に20年ごとに建て替える式年造営の制度が設けられています。

現在の御本殿は平成29年に造営されたものです。

山頂の山小屋

山頂御本社の社務所に隣接して、神社が管理する山頂御室小屋があります。また、御浜小屋や河原宿小屋も神社が管理しています。

山頂御室小屋では、2011年から毎年夏に「鳥海山頂美術館」が開催されており、7月上旬から9月上旬頃まで、鳥海山の山頂で芸術作品を鑑賞する機会が設けられています。

吹浦口之宮

山麓の信仰を伝える吹浦の里宮

吹浦口之宮は、鳥海山の山麓に鎮座する里宮です。境内には一の鳥居、二の鳥居があり、二の鳥居から続く階段を上ると拝殿と本殿があります。

二の鳥居付近には下拝殿があり、山上まで登らずにここから参拝することもできます。また、境内には北畠顕信の祈願に関係する碑も残されています。

大物忌神と月山神を祀る「両所宮」

吹浦口之宮の特徴の一つが、2つの本殿が並んでいることです。手前には大物忌神、奥には月山神が祀られています。

このように二柱の神を並べて祀ることから、吹浦口之宮は古くから「両所宮」とも呼ばれてきました。

雪見灯籠

吹浦口之宮の参道には、平成25年(2013年)に巨大な雪見灯籠が一対設置されました。

高さ約3.6m、周囲約3m、重さ約19tという大きさで、淡いピンク色が特徴の「桜御影石」が使われています。大きな石造灯籠は参道の印象的な景観の一つとなっています。

蕨岡口之宮

山岳信仰と修験の歴史を伝える里宮

蕨岡口之宮も、鳥海山の山麓に位置する重要な信仰拠点です。境内には二の鳥居や随神門があり、随神門をくぐると三の鳥居へ向かう階段が続いています。

三の鳥居付近まで進むと、拝殿を兼ねた大きな本殿が姿を現します。周辺には、かつて別当寺として重要な役割を担った龍頭寺の跡も残されています。

映画『るろうに剣心』のロケ地

蕨岡口之宮は、映画のロケ地としても知られています。2014年公開の『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』では、境内で撮影が行われました。

作中では京都の神社を舞台とする場面に使用され、歴史ある社殿や境内の雰囲気が映像作品の中でも生かされています。

御祭神

大物忌大神を中心とする神々

鳥海山大物忌神社では、中心となる神として大物忌大神が祀られています。また、伝承や社殿によって豊受姫命、月読命、月山神などとの関係が伝えられています。

特に大物忌大神は、『古事記』や『日本書紀』などの記紀には登場しない神であり、その性格や起源には諸説があります。鳥海山の噴火や自然現象と結びついた信仰から発展した神とも考えられています。

鳥海山そのものを信仰する山岳信仰

鳥海山大物忌神社の信仰を理解するうえで重要なのが、特定の社殿だけではなく鳥海山そのものを神聖な存在として仰ぐ山岳信仰です。

山頂を目指して登拝することそのものが信仰行為となり、古くから修験者や信徒が山へ入ってきました。こうした信仰は現在にも受け継がれ、夏山シーズンには多くの登山者が鳥海山を訪れます。

主な祭事

鳥海山の信仰を伝える伝統行事

鳥海山大物忌神社では、年間を通じてさまざまな祭事が行われています。なかでも、春の例大祭や夏山開き、山頂で行われる神事などは、鳥海山と地域の人々との深い結びつきを感じさせる行事です。

主な祭事

1月1日:歳旦祭・御頭舞奉納

1月5日:五日堂大祈祷(五穀の占)

4月8日:祈年祭(吹浦口之宮)

5月3日:蕨岡口之宮例大祭・蕨岡延年奉納

5月4日:吹浦口之宮例大祭・吹浦田楽奉納

5月5日:吹浦口之宮例大祭

7月1日:鳥海山夏山開祭(吹浦口之宮)

7月14日:鳥海山火合せ神事

7月15日:月山神社祭・玉酒神事

11月8日・9日:新嘗祭(吹浦口之宮)

11月12日:新嘗祭(蕨岡口之宮)

吹浦田楽

5月4日の吹浦口之宮例大祭では、伝統芸能「吹浦田楽」が奉納されます。鳥海山の信仰と地域の文化が結びついた伝統行事の一つで、長く受け継がれてきました。

文化財と史跡

歴史を伝える貴重な文化遺産

鳥海山大物忌神社には、長い歴史を物語る古文書や社殿、境内など、さまざまな文化財が残されています。山岳信仰と神社の歴史を知るうえで重要な資料となっています。

国指定重要文化財

鳥海山大物忌神社文書

北畠顕信による正平12年(1357年)の寄進状や、承久2年(1220年)の鎌倉幕府奉行人連署奉書など、鳥海山大物忌神社の中世史を伝える重要な文書が含まれています。

国登録有形文化財

鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮神楽殿

鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮随神門

鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮本殿

鳥海山大物忌神社吹浦口之宮本殿

鳥海山大物忌神社吹浦口之宮摂社月山神社本殿

鳥海山大物忌神社吹浦口之宮中門及び廻廊

鳥海山大物忌神社吹浦口之宮後神門及び玉垣

鳥海山大物忌神社吹浦口之宮拝殿及び登廊

鳥海山大物忌神社吹浦口之宮下拝殿

国指定史跡

鳥海山大物忌神社境内地をはじめ、吹浦口ノ宮、蕨岡口ノ宮など、鳥海山信仰に関わる重要な場所が史跡として指定されています。

このほか、森子大物忌神社境内、木境大物忌神社境内と道者道、金峰神社境内、霊峰神社跡なども、鳥海山をめぐる信仰の歴史を伝える場所として知られています。

鳥海山大物忌神社を訪ねる魅力

自然と信仰が一体となった鳥海山の聖地

鳥海山大物忌神社は、単なる歴史ある神社ではなく、鳥海山そのものを神聖な存在として仰ぐ山岳信仰の中心地です。

山頂の御本社、山麓の吹浦口之宮と蕨岡口之宮を訪ねることで、古代の国家祭祀から中世の修験道、神仏習合、明治時代の神仏分離、そして現在の山岳信仰まで、長い歴史の流れを感じることができます。

また、鳥海山の雄大な自然、歴史ある社殿、伝統芸能や祭礼など、自然・歴史・文化を一度に楽しめるのも大きな魅力です。

鳥海山を訪れる際には、登山や景観を楽しむだけでなく、山麓に残る吹浦口之宮や蕨岡口之宮にも足を運ぶことで、鳥海山が長い年月にわたって人々から信仰されてきた背景をより深く知ることができます。

Information

名称
鳥海山 大物忌神社
(ちょうかいざん おおものいみ じんじゃ)

酒田(庄内)

山形県