本間家旧本邸は、山形県酒田市に残る歴史的な邸宅です。江戸時代に大きな財力を持った豪商・本間家の本邸として使用されてきた建物で、武家屋敷としての格式と商家としての機能が一体となった、全国的にも珍しい建築様式を見ることができます。
現在の建物は、1768年(明和5年)、本間家3代当主の本間光丘が、庄内藩主酒井家のために建造したものです。幕府の巡見使一行を迎えるための宿舎として藩主に献上され、その後、本間家が酒井家から拝領して本邸として使用しました。
1949年(昭和24年)から1976年(昭和51年)までは中央公民館として利用され、1982年(昭和57年)から観光施設として一般公開されています。江戸時代の酒田の商業文化や、本間家と庄内地方の歴史を今に伝える貴重な文化財です。
「日本一の大地主」と呼ばれた本間家
本間家は、江戸時代に酒田を代表する豪商として発展し、かつて「日本一の大地主」とも称された一族です。その財力を象徴する存在として、「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と歌われるほどでした。
一方で、本間家は自らの財力を地域のためにも活用したことで知られています。庄内地方では風砂による被害に悩まされていた人々のために私財を投じて松林の定着を進めました。また、凶作の際には農民が仕事を得られるよう、屋敷や庭園の造成などを行ったとされています。
本間家旧本邸を訪れると、豪商としての財力だけでなく、地域社会との関わりや当時の酒田の暮らしを感じることができます。
巡見使を迎えた二千石格式の武家屋敷
1768年に建造された格式ある邸宅
本間家旧本邸は、三代光丘が幕府の巡見使一行を迎えるために1768年(明和5年)に新築し、庄内藩主酒井家へ献上したものです。二千石格式の長屋門構えを持つ武家屋敷として造られました。
建物は平屋建て・桟瓦葺・書院造りで、建坪は約200坪、部屋数は23部屋あります。母屋は桁行約33.6メートル、梁間約16.5メートルという大きさを誇ります。
巡見使一行が江戸へ戻った後、屋敷は本間家が酒井家から拝領しました。その後、本間家は商家造りの部分を住居として使用し、1945年(昭和20年)の春頃まで暮らしていました。
武家造りと商家造りが一体となった建築
本間家旧本邸の大きな特徴は、武家造りと商家造りが一つの建物の中に共存していることです。表側には二千石格式の武家屋敷としての構えがあり、屋敷の奥には商家造りの空間が続いています。
武家屋敷としての格式を備えながら、豪商の住まいとしての実用性も取り入れられており、江戸時代の身分制度や商人文化を建築から感じ取ることができます。このような建築様式は全国的にも珍しいものとされています。
格式を伝える「長屋門」
長屋門は、二千石格式の武家屋敷にふさわしい堂々とした門構えです。通常の日常生活ではなく、特別な時や賓客を迎える際などに使用されました。
門をくぐると、豪商の邸宅でありながら武家屋敷としての格式を備えた、本間家旧本邸ならではの空間が広がります。
白壁が美しい「薬医門」
屋敷の東側には、薬医門と漆喰の白壁が続いています。こちらは日常の出入りやさまざまな用途に使われた門で、長屋門とは異なる役割を担っていました。
白壁と門が連なる外観は、酒田の歴史的な町並みにもよく調和し、旧本邸の落ち着いた雰囲気をつくり出しています。
巡見使を迎えた格式ある「御座敷」
御座敷は、幕府の巡見使一行を迎えるために用意された部屋です。格式ある書院造りの空間には随所に趣向が凝らされており、当時の客人をもてなすための設えを感じることができます。
本間家旧本邸を見学する際には、豪商の邸宅であると同時に、幕府の重要な役人を迎えるための施設として造られた建物であることに注目すると、建物の構造や各部屋の役割がより分かりやすくなります。
江戸時代の暮らしを伝える「御勝手」
御勝手は、当時の台所にあたる空間です。江戸時代の一般的な台所では土間が多く見られましたが、本間家では士分が許されていたことから、板間となっています。
こうした細かな違いからも、商人でありながら武家としての格式を認められていた本間家の立場をうかがうことができます。
樹齢400年以上の「臥龍の松」
玄関付近でひときわ目を引くのが、「臥龍の松」です。樹齢400年以上とされる赤松で、玄関の屋根に覆いかぶさるような姿から「門かぶりの松」とも呼ばれています。
この松は、本間家の家訓ともいえる「奢り高ぶらず、常に低姿勢でいなさい」という精神を表すものとされています。大きな財力を持ちながらも地域への貢献を重視した本間家の姿勢を象徴する存在として、旧本邸を訪れた際にはぜひ注目したい見どころです。
細部にもこだわりが見られる玄関
表玄関には、武家屋敷としての格式を感じさせる意匠が施されています。上り口に設けられた式台には欅が使用され、板戸には神代杉が用いられています。
使用されている素材や建具の細部を見ることで、当時の建築技術や本間家の邸宅に対するこだわりを感じることができます。
北前船で運ばれた銘石を配した庭
旧本邸の庭も見どころのひとつです。庭には、船体を安定させるための綿積石(海神石)として、諸国から北前船で運ばれてきた銘石が配置されています。
日本海側の港町として発展した酒田と、全国各地を結んだ北前船。その交易によってもたらされた石が邸宅の庭に配されていることからも、当時の酒田の商業活動や本間家の繁栄を感じることができます。
道路を挟んだ「お店」も見どころ
本間家旧本邸の道路を挟んだ場所には、別館の「お店」があります。館内では、商家で使用されていた帳場や度量衡、行灯などの照明器具、台所用品などが展示されています。
本邸で武家屋敷としての格式を感じた後に「お店」を訪れると、本間家が豪商として営んでいた商業活動や、当時の商家の暮らしについても知ることができます。また、お土産品の販売も行われています。
春を彩る「酒田雛街道」
例年2月下旬から4月初旬にかけて、酒田周辺では「酒田雛街道」と呼ばれる展示イベントが開催されます。
期間中は、地域で代々大切に受け継がれてきた由緒ある雛人形などが期間限定で公開され、本間家旧本邸でも雛人形の展示を楽しめます。近隣の本間美術館などでも展示が行われ、酒田に伝わる雛文化に触れる機会となっています。
豪商の歴史と酒田の文化を伝える旧本邸
本間家旧本邸は、江戸時代に大きな財力を築いた本間家の歴史と、酒田の商業文化を今に伝える貴重な歴史スポットです。二千石格式の長屋門、巡見使を迎えた御座敷、武家造りと商家造りが融合した建築など、随所に本間家の社会的な立場を感じることができます。
さらに、樹齢400年以上の臥龍の松や北前船ゆかりの銘石を配した庭、道路を挟んだ「お店」の展示など、見どころも豊富です。豪商の暮らし、武家屋敷の格式、北前船による酒田の繁栄、地域に貢献した本間家の歴史を一度に感じられる、酒田観光で訪ねたい歴史的な邸宅です。