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致道博物館

(ちどう はくぶつかん)

庄内地方の歴史と文化を伝える博物館

致道博物館は、鶴岡の歴史や文化を紹介・展示する博物館です。かつては鶴ヶ岡城の三の丸、庄内藩主酒井家の御用屋敷にある登録博物館で、旧庄内藩の藩校「致道館」に由来します。同藩校で使用されていた文物や用具に加え、庄内地方の民俗資料が収蔵・展示されています。

博物館内には国指定重要文化財の旧西田川郡役所や旧鶴岡警察署庁舎、多層民家など、貴重な歴史的建築物が移築されています。また、東北では珍しい書院造の「酒井氏庭園」は国の名勝に指定されています。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで一ツ星を獲得しています。

沿革

致道博物館は鶴ヶ岡城三の丸跡地に位置し、かつては藩主の御用屋敷がありました。現在は、御隠殿と呼ばれる藩主の隠居所の一部と酒井氏庭園に加え、広大な敷地内に旧西田川郡役所、旧鶴岡警察署庁舎、旧渋谷家住宅が移築されています。また、収蔵庫・民具の蔵が独立して配置されており、庄内藩校致道館の資料、書院造の庭園、民具など重要有形民俗文化財8種5,350点を収蔵・展示しています。

博物館のある鶴岡市中心部は旧庄内藩の藩庁が置かれた鶴ヶ岡城の域内にあたり、旧藩主家当主酒井忠良が土地建物を所有していました。1950年(昭和25年)、酒井氏から土地建物及び文化財等を寄付され、財団法人以文会が設立されました。

その後、1952年(昭和27年)に財団法人以文会立致道博物館、1957年(昭和32年)に財団法人致道博物館と改称し、2012年(平成24年)度から公益財団法人に移行しました。2013年(平成25年)度からは藩校致道館の管理も行っています。

御隠殿

御隠殿(ごいんでん)は1863年(文久3年)に庄内藩江戸柳原および下谷の御殿を解体・移築したもので、致仕・帰郷した藩主・酒井忠発が隠居所としました。江戸の中屋敷を解体し、その一部を鶴ヶ岡城三の丸の御用屋敷地に移築しました。木材や瓦などは、江戸から西廻り航路で酒田へ、さらに川船を利用して鶴岡へ運ばれました。

現在は玄関と奥の座敷(関雎堂)が残り、関雎堂からは酒井氏庭園を望むことができます。建物内では、江戸時代の鶴ヶ岡城下の様子を紹介し、庄内地方で盛んに行なわれていた磯釣り関係の資料や旧庄内藩主酒井家に伝わる武具・調度品、歴代藩主の書画などが展示されています。関雎堂から続く茶室・三余室(さんよしつ)は、松ヶ岡開墾にあたった菅実秀(臥牛と号す)の庵です。

酒井氏庭園

御隠殿の北面に造られた築山泉水庭は国の名勝に指定されています。築庭年代は不明ですが、東北地方でも珍しい典型的な書院庭園として貴重とされています。池を隔てて築山の正面中腹に石を立て、庭景の中心とし、左手には枯滝を組み、その一帯に峡谷の風景を作っています。

また、右手には亀頭形の名石(硅化木)の出島を設け、奥深い入江を作って静かな趣を見せています。もとは築山の後ろに遠く鳥海山を借景として取り入れていたといわれています。

旧西田川郡役所

旧西田川郡役所は棟梁・高橋兼吉と石井竹次郎の設計による木造二階・両翼一階建ての建造物で、1881年(明治14年)に竣工しました。1972年(昭和47年)に当地へ移築され、国の重要文化財に指定されています。明治天皇の東北巡幸の際には宿舎として使用されました。

1878年(明治11年)に山形県初代県令となった三島通庸の命令により、現在の鶴岡市馬場町に建設されました。棟梁の高橋兼吉や石井竹次郎らの手によって1881年(明治14年)に竣工した擬洋風建築です。

建物は中央玄関に突出したバルコニーと建物中央に塔屋・時計台がついた、高さ20メートルを有する木造2階の擬洋風建築です。玄関ポーチの柱脚台や釣り階段など、要所にルネッサンス様式が見られ、文明開化の時代を象徴する建物です。

1969年(昭和44年)12月に国の重要文化財に指定されましたが、現地保存が困難となり、1970年(昭和45年)から1972年(昭和47年)にかけて鶴岡市家中新町に移築復元され、致道博物館の展示館となりました。

1階は考古学資料展示室や戊辰戦争と西郷隆盛の資料などの歴史展示室、2階は明治文化の資料の展示室となっています。

旧西田川郡役所塔時計

旧西田川郡役所塔時計は、1881年(明治14年)の旧西田川郡役所竣工時に塔屋に設置されていた時計で、1885年(明治18年)頃に常念寺に移されて同寺の所有となっています。時計商で技術者の金田市兵衛によって製作され、本体の銘文から製作者と製作年が明確で、確認されている日本の国産塔時計としては最古とされています。

旧鶴岡警察署庁舎

旧鶴岡警察署庁舎は高橋兼吉の設計による木造二階・入母屋造の建造物で、1884年(明治17年)に竣工しました。1957年(昭和32年)に当地へ移築され、2009年(平成21年)に国の重要文化財に指定されました。2013年(平成25年)から2017年(平成29年)にかけて解体修復工事が行われました。

山形県の擬洋風建築を代表する建物のひとつで、明治前期に建設された擬洋風建築の到達点とされ、外部窓廻りなどにルネッサンス様式を模していますが、屋根の大棟、破風妻飾りなど在来様式も巧みに取り入れています。初代県令三島通庸が明治新政府の威容を表すべく建築したとされ、入母屋造りの堂々たる外観を示しています。

旧渋谷家住宅

旧渋谷家住宅は出羽三山のひとつ湯殿山麓の山村、鶴岡市(旧朝日村)田麦俣より移築保存された民家で、一重三階寄棟造茅葺きです。田麦俣は県内でも有数の豪雪地帯で、この民家は多層民家と呼ばれます。深い雪と山峡の険しい土地に適応するため、生活空間を3層4層に分けたつくりとなっています。

明治以降、養蚕を生業としたため、2階3階、屋根裏部屋までも養蚕などの作業場・収納場として活用されていました。通風や採光を目的とした高窓が取り付けられ、その結果、美しい茅葺き屋根となりました。1822年(文政5年)に建てられ、1965年(昭和40年)に当地へ移築されました。国の重要文化財に指定されています。茅葺屋根の防虫を目的とした火焚き(囲炉裏に火を入れ、煙で燻す作業)が毎年1月から3月頃まで行われています。

松ヶ岡開墾場

松ヶ岡開墾場は明治初期に旧庄内藩士多数が参加して開墾した場所で、現在の鶴岡市羽黒町松ヶ岡にあります。1870年(明治3年)に始まり、1872年(明治5年)から本格的な開墾が行われました。1989年(平成元年)に国の史跡に指定され、1993年(平成5年)には明治初期に建築された大蚕室10棟のうち5棟が現存し、4棟が一般公開されています。現在、公益財団法人致道博物館が松ヶ岡開墾記念館、庄内農具館、米づくり用具収蔵庫を運営しています。

文化財

◇国宝
太刀 銘信房作
太刀 銘真光

◇重要文化財
旧西田川郡役所
旧鶴岡警察署庁舎
旧渋谷家住宅
禅院額字「潮音堂」
色々威胴丸(兜、頬当、大袖、籠手付)(酒井忠次所用)
短刀 銘吉光(信濃藤四郎)

◇名勝
酒井氏庭園

◇重要有形民俗文化財
最上川水系の漁撈用具 810点
庄内および周辺地のくりものコレクション 229点(附 工具 21点)
庄内のばんどりコレクション 116点
庄内の仕事着コレクション 126点
庄内の米作り用具 1,800点
庄内の木製酒器コレクション 77点
庄内浜及び飛島の漁撈用具 1,937点
大宝寺焼コレクション 234点

民具の蔵

江戸時代末期に建てられた2階建ての土蔵です。当初は藩主の武具や調度品類が収納されていましたが、致道博物館設立後は「民具の蔵」と称して庄内地方の民俗資料を展示しています。1階では日本海海運関係資料や商業関係資料、2階では瓦人形や黒柿細工など鶴岡の伝統的手職資料を紹介しています。

Information

名称
致道博物館
(ちどう はくぶつかん)

鶴岡(庄内)

山形県