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龍王尊 善寳寺

(りゅうおうそん ぜんぽうじ)

龍神信仰で知られる、庄内を代表する古刹

龍王尊 善寳寺は、山形県鶴岡市にある歴史ある寺院です。古くから海の守護神である龍神を祀る寺として信仰を集め、航海の安全や大漁を願う漁業関係者をはじめ、全国から多くの参拝者が訪れます。

広大な境内には、龍王殿、五重塔、五百羅漢堂、山門、総門など、歴史的価値の高い建造物が数多く残されています。豊かな自然に囲まれた境内を歩きながら、善寳寺が長い年月をかけて育んできた信仰と文化に触れることができます。

また、善寳寺は東北地方を代表する祈祷道場としても知られ、曹洞宗の三大祈祷所の一つに数えられています。参拝だけでなく、座禅体験などを通して禅の文化に触れることもできます。

龍神が棲むと伝えられる「貝喰の池」

善寳寺の裏手には、龍神にまつわる神秘的な伝承が残る「貝喰の池(かいばみのいけ)」があります。深い緑に囲まれた静かな池で、古くから二龍神の棲み家と伝えられてきました。

境内の豊かな自然と相まって、貝喰の池は独特の神秘的な雰囲気を漂わせています。龍神信仰と深く結びついた善寳寺を象徴する場所の一つとして、ぜひ訪れたい見どころです。

「人面魚」で注目された貝喰の池

1990年(平成2年)頃には、貝喰の池に生息するコイが「人面魚」として注目を集め、一躍全国的に知られるようになりました。龍神伝説が残る池ということもあり、善寳寺の神秘的なイメージを広く知らしめるきっかけの一つとなりました。

善寳寺の歴史

善寳寺の起源は、平安時代にさかのぼります。天慶から天暦年間(938~957年)頃、天台宗の僧妙達がこの地に草庵を結び、「龍華寺」と称したことが始まりと伝えられています。

鎌倉時代の延慶年間(1308~1311年)には、總持寺二世の峨山韶碩が龍華寺跡で教化を行いました。その後、室町時代の永享年間(1429~1441年)に、韶碩の七世法孫にあたる曹洞宗の僧太年浄椿がその遺志を受け継ぎ、諸堂を復興。寺号を「善寳寺」と改めたとされています。

その後も多くの堂宇が整備され、現在の境内には江戸時代から明治時代にかけて建立・再建された歴史的建造物が残されています。

近年の善寳寺

1982年には、鶴岡工業高等専門学校教授を務めた斉藤信義が住職に就任しました。2016年には妙達上人生誕1150年祭に合わせて、初めて龍王殿のご尊体が開帳されました。翌2017年には、妙達上人の木像遷座開眼法要が行われました。この木像は京仏師の櫻井覺山によって制作されたものです。

荘厳な龍王殿

龍王殿は、善寳寺の中心的な建造物の一つで、龍神を祀るために建立された荘厳な伽藍です。開山の太年浄椿禅師が文安3年(1446年)に創建したと伝えられています。

現在の建物は天保4年(1833年)に再建されたもので、龍の王が住むとされる竜宮城を思わせる華やかな造りが特徴です。屋根には海の波の「うねり」を表現したとされる亀甲葺きの八棟造りが取り入れられ、銅板で葺かれています。

建物の随所には、波や鯉、鯱、雲、草花などを題材とした精巧な彫刻が施されています。海と龍神との深いつながりを感じさせる意匠が随所に見られ、善寳寺ならではの建築美を楽しめます。

高さ38メートルを超える五重塔

五重塔は、善寳寺の境内を代表する建造物の一つです。三十三世中興・月圓禅山和尚の発願によって明治16年(1883年)に建立が始まり、10年後の明治26年(1893年)、三十四世・別傳禅法和尚の代に完成しました。

高さは38メートル余りあり、総欅造りの堂々とした姿が印象的です。屋根は銅板葺きで、内部には五智如来を表す仏像が安置されています。

塔の外部には三蔵法師や深沙大将、十二神将などの彫刻が施されており、細部まで見応えがあります。境内の自然を背景にそびえる五重塔は、善寳寺を象徴する景観の一つとなっています。

531体の羅漢像が並ぶ五百羅漢堂

五百羅漢堂には、実に531体もの羅漢像が安置されています。安政2年(1855年)に、三十二世・月巖不傳和尚の代に落成しました。

羅漢像は一体ごとに表情や姿勢が異なり、衣の模様や装飾にも同じものがないとされています。さまざまな表情を浮かべる羅漢像を眺めていると、まるで一人ひとりが異なる人生を歩んできたかのような趣を感じられます。

堂内には釈迦三尊や十大弟子の仏像も安置されており、「十六羅漢」や「五百羅漢さま」として信仰されています。また、この堂は北海道松前郡の豪商から寄進されたもので、北前船によって結ばれていた日本海沿岸地域の交流や繁栄を今に伝える建造物でもあります。

精巧な彫刻が見事な山門

山門は文久2年(1862年)に再建された二重門です。総欅造りで銅板葺きとなっており、楼上には宝冠釈迦如来と十六羅漢が安置されています。

門の内部では、右側に毘沙門天、左側に韋駄天が安置され、寺院を守護しています。正面や内部には精巧な彫刻が数多く施されており、特に正面の円柱や後方の唐獅子は、棟梁とその弟が技を競い合った力作と伝えられています。

十二支の彫刻が施された総門

総門は安政3年(1856年)に再建された四脚門です。欅材を用いた建物で、床には石が敷かれ、彩色を施さない落ち着いた佇まいとなっています。

門には十二支をはじめ、立体的な彫刻が施されています。なかでも龍が手にする「宝珠(如意宝珠)」は、願いをかなえる霊宝とされ、善寳寺の信仰を象徴する意匠の一つです。

なお、十二支の彫刻のうち「酉(とり)」は戦時中に盗難に遭ったため、現在は一支が欠けた状態となっています。

善寳寺の前身を伝える龍華庵

龍華庵は、善寳寺の前身である「龍華寺」に由来する建物です。明治13年(1880年)に現在の場所へ再建され、本尊として観音菩薩を祀っています。

内陣の天井には雲龍図が描かれており、龍神信仰と深く結びついた善寳寺らしい意匠を見ることができます。

境内に残る三尊の石仏

善寳寺の境内には、子安地蔵尊、満州親子地蔵尊、弥勒菩薩像の三尊の石仏も安置されています。境内を散策しながら、それぞれの仏像や堂宇を訪ねることで、善寳寺に受け継がれてきたさまざまな信仰に触れることができます。

自然と歴史が調和する広大な境内

善寳寺は、歴史的な建造物だけでなく、豊かな自然に囲まれた広大な境内も魅力です。境内には登録有形文化財に登録された建造物もあり、寺院建築や彫刻、仏教文化に関心のある方にとって見どころの多い場所となっています。

龍神信仰と庄内の歴史文化に触れる寺院

龍王尊 善寳寺は、龍神信仰を中心に、禅宗文化、寺院建築、彫刻、海上安全への祈りなど、さまざまな歴史と文化が重なり合う寺院です。龍王殿や五重塔、五百羅漢堂、山門、総門など、境内にはそれぞれ異なる魅力を持つ建造物が残されています。

さらに、龍神伝説が伝わる貝喰の池や豊かな自然も楽しめるため、静かな境内を歩きながら庄内地方の歴史と信仰に触れることができます。参拝だけでなく、建築や仏像、伝承、禅文化など、さまざまな角度から楽しめる歴史文化スポットです。

歴史

平安時代の天慶から天暦年間(938年 - 957年)に、天台宗の妙達によって草庵が結ばれ、龍華寺と呼ばれたのが始まりです。鎌倉時代の延慶年間(1308年 - 1311年)には、總持寺二世の峨山韶碩が龍華寺跡で教化を行いました。室町時代の永享年間(1429年 - 1441年)には、韶碩の七世法孫である曹洞宗の僧・太年浄椿がその遺志を継ぎ、諸堂を復興し、寺号を善寳寺と改めました。

天保4年(1833年)に再建された龍王殿や安政2年(1855年)に寄進された五百羅漢堂、文久2年(1862年)に再建された山門、1883年(明治16年)に建立された五重塔などの諸堂があります。また、菱田春草による「王昭君の図」(国の重要文化財)なども所蔵しています。

1982年には、鶴岡高専教授の斉藤信義が住職に就任しました。1990年(平成2年)頃には、貝喰池のコイが「人面魚」として注目されました。2016年には妙達上人生誕1150年祭に合わせ、初の龍王殿ご尊体のご開帳が行われました。2017年には、妙達上人の木像遷座開眼法要が行われました。作成は京仏師櫻井覺山です。

龍王殿

龍王殿は龍神様を祀るために創立され、荘厳な権現造りの伽藍です。善寳寺開山の太年浄椿禅師が文安三年(1446年)に創建したと伝えられています。

現在の建物は天保四年(1833年)に再建されたもので、龍の王が棲むといわれる竜宮城を模して造られ、海の波「うねり」を模した亀甲葺と呼ばれる八棟造形式の銅板屋根を持っています。建物の彫り物には、波に鯉、鯱、雲、草花などが多様に配され、龍と海との繋がりを表しているといわれます。

五重塔

五重塔は明治十六年(1883年)に、三十三世中興月圓禅山和尚の発願により建立が始まりました。十年後の明治二十六年(1893年)に三十四世別傳禅法和尚代に落成しました。高さ38メートル余りの総欅造り、屋根は銅板葺きで、内部には五智如来を表す仏像が祀られています。塔の外部には三蔵法師、深沙大将、十二神将が彫り込まれています。

五百羅漢堂

五百羅漢堂には531体もの羅漢像があり、それぞれ異なる表情やポーズを持ち、衣の模様やデザインに至るまで同じものはありません。五百羅漢堂は安政二年(1855年)に三十二世月巖不傳和尚代に落成しました。

内部には釈迦三尊や十大弟子の仏像が安置されており、「十六羅漢」と「五百羅漢さま」として知られています。北海道松前郡の豪商から寄進されたこの堂は、北前船航路の交流と繁栄を偲ばせるものです。

山門

山門は文久二年(1862年)に再建されました。総欅造りで銅板葺きの二重門であり、楼上には「宝冠釈迦如来」と「十六羅漢」が安置されています。門内部両脇には右に「毘沙門天」左に「韋駄天」が門を護ります。門の正面および内部には精巧な彫り物が施され、特に正面の円柱と後方の唐獅子は棟梁とその弟が技を競った力作とされています。

総門

総門は安政三年(1856年)に再建され、床は石敷、材は欅で彩色は施されていません。十二支の他に立体的な彫刻で装飾されている四脚門で、龍が持っている「宝珠」は「如意宝珠」で願い事が叶うといわれています。戦時中に十二支の酉(とり)が盗まれ、一支欠けています

龍華庵

龍華庵は善寳寺の前身である「龍華寺」に由来します。明治十三年(1880年)に現在地へ再建され、本尊は観音菩薩です。内陣天井には雲龍図が描かれています。

三尊の石仏

境内には、子安地蔵尊、満州親子地蔵尊、弥勒菩薩像の三尊の石仏があります。また、六つの登録有形文化財があり、自然豊かな広大な境内を有しています。

Information

名称
龍王尊 善寳寺
(りゅうおうそん ぜんぽうじ)

鶴岡(庄内)

山形県