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若松寺 若松観音

(じゃくしょうじ わかまつ かんのん)

出雲大社と並び称される縁結びの観音様

若松寺は山形県天童市にある天台宗の寺院で、別称は若松観音です。「西の出雲、東の若松」として、出雲大社と並び称される縁結びの観音として知られています。鐘楼堂近くにある縁福大風鈴はいつでも鳴らすことができ、良縁や幸福の願いを込めてゆっくり3回鳴らし、心静かに合掌します。

室町時代には西国の観音巡礼信仰が東国にも普及し、最上三十三観音霊場第1番札所に位置づけられています。

歴史

若松寺は、和銅元年(708年)に元明天皇の勅命によって行基が開山したとされています。鈴の音に導かれ、現在の鈴立山に登り、山上で光り輝く三十三観音像を感得したことが始まりです。その後、空海や円仁(慈覚大師)が登山したという伝承もあります。貞観2年(860年)には、円仁が立石寺の山頂付近にあった堂を現在の地に移しました。この頃、法相宗から天台宗に改宗されました。

寺宝には、弘長3年(1263年)に藤原真綱一族が二世安楽を願って奉納した「金銅聖観音像懸仏」や、永禄6年(1563年)に郷目右京進貞繁が奉納した「板絵著色神馬図」があります。観音堂は1963年に国の重要文化財に指定されています。

境内

境内には国指定重要文化財の若松寺観音堂をはじめ、学問や芸術の女神である弁天様を祀る奥の院、子どもを抱いた地蔵様を祀る地蔵堂(子育て地蔵)、元三大師堂、鐘楼堂など歴史ある文化財が点在しています。

秋には境内に植えられたモミジが真っ赤に染まり、紅葉の名所としても知られています。また、境内から往復約30分で山頂までの遊歩道があり、天童市内を一望できる絶景ビュースポットです。

若松寺本坊:回向、祈願道場、ご朱印、お札、お守の授与所

若松寺観音堂(国の重要文化財)

奥の院(弁財天)
学問や芸術の女神で、「弁天さま」として知られています。室町時代以降、七福神の一つに数えられ、言語、学問、知識、音楽、そして福財や戦闘神としても信仰されてきました。

地蔵堂(子育て地蔵)
「お地蔵さま」として親しまれています。一般的には道端の石仏として多く見られますが、若松寺の地蔵は子育てがテーマです。地蔵堂に祀られており、子供を抱いている姿が見られます。

元三大師堂
天台宗中興の祖と称される良源を祀っています。正月三日に没したため、この名がつけられました。正月に門口に貼る「元三大師」の札は、厄除けのために鬼の姿に化した大師自身を表しており、「角大師」とも呼ばれます。この札は若松寺本坊で常時頒布されています。また、大師はおみくじの元祖と言われています。

縁福大風鈴
1300年前、この地を訪れた行基菩薩が鈴の音に誘われて山に分け入り、寺を開いたという言い伝えがあります。昔から縁結びの観音さまとして親しまれてきました。良縁と幸福の願いを込めて、この風鈴を鳴らしてください。一人でもご利益は同じです。

鐘楼堂

三十三観音分霊

縁結びのお寺

若松寺は「西の出雲、東の若松」として、縁結びの観音様である若松観音が祀られています。季節を問わず、男女の縁、健康、家門繁栄、商売繁盛を願い、全国からその良縁を求めて訪れる参拝客でにぎわっています。縁結び祈願で訪れるなら、4月から12月の毎月第1日曜日に開催される「縁結び祈願祭」でご祈祷を受けることができます。

文化財

観音堂(重要文化財)
室町時代に建立された「観音堂」は、慶長年間に山形城主の最上義光が大改修し、昭和41〜43年に文部省が解体修理を行いました。全国的にも珍しいブナ材を使用しており、内部構造は密教本堂の遺構として貴重なものです。

金銅聖観音像懸仏(弘長3年)
1263年に作られた大型の懸仏で、鎌倉期の最高峰に位置する秀麗な姿をしています。直径75センチ、重さ60キログラムの大型懸仏です。

板絵著色神馬図(永禄6年)
郷目右京進貞繁が1563年に亡き妻の菩提を弔うために描いて奉納したものです。躍動感にあふれる馬の姿が特徴で、桂板5枚を継ぎ合わせた大板絵です。

最上三十三観音

若松寺は、12年に1度、子年に観音様がご開帳される最上三十三観音の1番札所としても知られています。境内には、三十三観音のお寺の分霊を祀った祠もあり、すべてのお寺を回ることができない方はこちらでお参りできます。

Information

名称
若松寺 若松観音
(じゃくしょうじ わかまつ かんのん)

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